嫌いな後輩

高校時代の頃を思い出したので少し話をする。

 

 

高校時代の私は人生でいちばん、それはそれは性格が悪かった。自分のことしか考えていなくて、周りの人が我慢して付き合ってくれていなかったら、きっとひとりぼっちだっただろう。

私は剣道部に所属していた。同学年に女子が誰もいなかったから、4人の女子の先輩たちに可愛がられ、初心者だったからビシバシシバかれながら何とか練習を重ねていた。女子がちょうど5人だったから、団体戦にも個人戦にも1年生のときから出場することができていた。

何だかんだで1年生の時期は終わり、2年になって7人の後輩が入部してきた。

 

その中の1人が、私が大嫌いな後輩だった。後輩は背が高くてすらっとした綺麗な子だった。

小学生のころ器械体操をやっていたとき、その後輩と知り合った。後輩は私の後をたまについてきて「👩ちゃん、👩ちゃん」と呼んで私のヒジをよく触っていた。

実は高校1年の頃にも会っていて、私たちの高校の道場に何度か練習に来ていた。その時後輩は私と一体一で稽古をした後、「私は絶対ここの剣道部に入ります!」と言っていた。後輩ができるのはとても嬉しかったけど、あまり人数が多く来てしまうと自分が試合に出られなくなってしまうのではないかという危惧もあった。後輩はかわいいから、先輩に可愛がられながらぬくぬくと生きてきた私は、なんとなく自分の居場所を取られるような気がした。

 

後輩が入部した。後輩の顔が広かったせいで後輩以外に友達が6人も入ってきた。全員中学では県大会常連の強者ばかりで、正直負けそうで、練習では必死に弱いところを隠して強い先輩を演じた。後輩たちは久しく剣道をやっていなかったからか、普通に勝つことができていた。先輩たちは後輩をかわいいかわいいと言っていたが、👩ちゃんも入ってくれて本当にありがとうね、良かったよねたくさん入部してくれて、と私にも優しくしてくださった。後輩は私に対して呼び方以外は変わらず「👩先輩、👩先輩」と私のあとをついてきて話しかけてきた。周りの先輩にも「私👩先輩のこと昔から知ってるんです!」と言っているようだった。鬱陶しいな、と勝手ながら思った。

 

後輩は剣道がそんなに上手い訳ではなかったせいか、メンバーには選ばれなかった。後輩はそれでも役割をきちんとこなし、部員から信頼されていた。部長も、何かを頼む時は真っ先にその後輩に頼るようだった。私はメンバーに選ばれたが、メンバーの中ではいちばん下手な次鋒だったから、試合にどうしても出たい後輩はそのポジションを狙い始めた。そこから私は、後輩を部活以外では優しく接しながらも目の敵にしていった。

 

試合がある度に直前は後輩7人と私1人で試合のメンバーを決めるために戦っていた。後輩は段々と剣道の感覚を取り戻し、私はなんとか3人負かしてメンバーに食いこんだ。後輩は私に負けたときは誰に負けるよりも悔しそうな顔をしているように見えた。私は後輩をちらとみた。後輩は私に負けても、部活が終わったらにこやかに笑っていた。終わったらすぐに面をつけて、自主練習をし始めた。

なんとなく稽古中後輩の隣に立ったとき、後輩が、「私、チームに入りたいなあ」と呟いた。気持ちは痛い程わかったが、私も譲る訳には行かなかった。後輩に私は何も返事をしなかった。返事ができなかった。

 

後輩が冬のある日、足にサポーターを付けてくるようになった。私がどうしたの、と尋ねると「足が痛みます」と答えた。かわいそうに、と思った。少しだけ、心の奥底でライバルが減って良かったと思った。

後輩はその日の部活終わりに、私と同級生の男子部員と会話していた。後輩がしょんぼりした様子で、男子部員が慰めていたから「男に媚びてんのか」と一瞬眉をひそめた。後輩と男子部員が仲良くなるのをあまり面白く思っていなかった私は2人の話に割って入ろうかと思ったが、そんな勇気も出ずその場を立ち去った。

 

練習を重ねていたある日、私が帰ろうとして自転車置き場まで行ったときだった。後輩が「👩先輩、」と、私を呼び止めた。

「👩先輩、私、あと半年くらい剣道はやらないほうがいいって言われて」

「え…そうなの」

そんなに酷い怪我だとは知らなかった。

「👩先輩も男子の先輩も、あとちょっとで引退じゃないですか、それに間に合わなくて、本当はもっと練習したかったのに、」

後輩が泣き出した。

「ごめんなさい、私は剣道やりたいのに!どうすればいいんでしょう、先輩たちと剣道したいのに…」

ああ、こういうところが嫌いなんだよ。悲劇のヒロインじゃないんだから。

でもここには私しかいない。私がどんなに冷たく接しても、どんなに負けても、決して文句も言わず黙って部活終わりにも練習するところを見ている。それが足を痛める原因でもあった。私が後輩のことをどうして嫌いなのかわかった。一緒にいると自分が情けなく思えるからだ。ただの嫉妬だ。自分がどれだけ楽をしているかを思い知ってしまうからだ。私は後輩に何も言えなかった。頑張ってきたのに怪我をした人にかける言葉が分からなかった。後輩の肩をさすった。「治ると信じて、無理しないでゆっくりやっていこう」そう言うしかなかった。後輩が媚びていると思った自分を情けないと思った。

 

後輩は結局最後まで試合のメンバーに選ばれなかった。後輩は私に「頑張ってくださいね、私もなるべく先輩やメンバーの足を引っ張らないように頑張ります」と笑顔で言った。どんなに私が陰険でも、後輩はやっぱり優しい。まったくもって純粋な心の持ち主で、でもやっぱり内心では馬鹿にされていそうで、嫌いだ。

 

私は結局、団体戦で県大会に行けなかった。

毎年行っていたけれど、結果が振るわなかった。そのせいで県大会と日が重なる学祭に参加することができた。後日後輩とサイゼリヤに2人で行ったとき、私は後輩に「私は早々引退してさ、みんなは早く練習に取り組めるし、結果オーライだったよね」とヘラヘラと笑いながら言ったら、後輩は「いや、先輩は県大会にちゃんと行くべきだったと思います。私達2年はもっと頑張らなくてはいけなかったんです」と大真面目に言った。嘘でも大真面目に言ってくれるなんて、本当にいい奴で嫌いだ。

後輩は大学生になった今でも私に誕生日の動画をLINEで届けてくれたり、ご飯に誘ってくれたりする。先輩だからってそこまでしてくれなくてもいい。でもやっぱりちょっぴり嬉しくて、ニヤつきながら動画を観る。高校のときにキツく当たってしまったことをその度に申し訳なく思う。何故こんなに性格の悪い先輩に対して喜ばせようとしてくるのか、私にはわからない。実はお金目当てではないのか。後輩はたまに食事に誘ってくれるが、日程が合わず未だに実現できていない。お金目当てでもいい。今度は私から誘おう。

私には勿体ない。頭も良くて、可愛くて、気が利いて、明るくて、心が綺麗で。駄目な自分とはまるっきり正反対で。

 

本当に大嫌いな後輩だ。