ラーメン屋

ラーメン屋に行った。

 

そのとき私は年が明けてから1回もラーメンを食べていなかった。もうすぐ2月に差し掛かり、大学ではテスト期間に入りそうだった。

資金源に母親と祖母を誘った。どこに行くの?と聞かれたので、食べログで検索し、近所にあるまだ行ったことのない店を選んだ。私たちは車を走らせ、ラーメン屋に向かった。私たちの住んでいる街の外れにあるラーメン屋だった。

 

15分ほどして店に着いた。比較的車通りが多い道沿いにあるのに、駐車場も店も小さくて車を停めるのに一苦労だった。私たちは車を降りて入り口を探した。入り口の前には何故かテーブルが置いてあって、老人が4人ぐらいで談笑していた。何となく違和感を覚えた。

「入り口こっちじゃないよ、道路の方だよ」と言われ、自分たちが入り口だと思っていた場所は勝手口だったことに気が付いた。

 

言われるがまま店に入った。古い油の酸化したような、イメージとしては人がたくさん使っているのに洗ってない風呂みたいな、垢を煮たみたいな臭いがした。行ってみればわかる。私はこの時点で確信した。ここのラーメン屋、絶対不味い。

入った瞬間引き返そうかと思った。しかしながら店内には誰一人として客がいない。入った瞬間出ていくのは失礼では無いのか。さっきの老人に怪しまれるのでは。自分の臆病さが本能的な危険予知に勝ってしまう。ぞろぞろと3人でカウンター席に座る。時間とともに食欲は減退していく。さっきまで腹ぺこだったのが嘘みたいだ。店主は50代ぐらいの女性で、若々しく見えた。隣で老人が皿をゆっくり洗っていた。店主の父親だろうか。なんだか老人が多い店だ。「柳麺3つ」と言うと、徐に麺をとって茹で始めた。手際は良い感じだった。

水はセルフサービスで、祖母が汲んで持ってきた。コップが薄汚れていて、口を付けることを躊躇した。よく考えてみたらステンレスのテーブルもベタベタだった。私たちは大した会話もせず、不安な面持ちで店主を見つめていた。「柳麺って書いてラーメンって読むんだね」とか、しょうもない話をした。

 

柳麺(ラーメン)が出てきた。割り箸ではない箸が置いてあってそれを使った。多分これも汚れているだろうし、嫌な感じがした。こんなときに限って髪を結ぶゴムを忘れた。髪を切ったばかりなのに、最悪だ。

ラーメンの写真を撮り、麺をすする。麺が柔らかい。というより茹ですぎている。普通の茹ですぎた麺なのにやけに不味く感じる。これも店が汚くて臭いせいだろうか。レンゲも渡されたが、なんだか汚れがこびりついていてとても使えなかった。

私たちは麺だけを無心で啜った。早くこの場を立ち去りたかった。

老人が皿を洗っていて、泡が飛んでぽちょん、と母のスープの中に入った。母は「ヒッ」と誰かに聞こえるか聞こえないかくらいの悲鳴をあげた。母はこれ以上スープに手をつけなかった。私も麺しか食べなかった。祖母は残した。祖母に水を飲むか尋ねられたが、私はいらない、と答えた。気付いたらスープの中に自分の髪が入ってしまっていたらしく髪の先がぬるっとしていた。急に泣きたくなった。踏んだり蹴ったりだった。

あっという間に私たちは店を出た。母は店の看板を見上げて、「うーん、イマイチ」と言った。私にとってはイマイチどころの騒ぎではなかった。多分これから二度と行かないし、同じ名前の店にも入らないだろう。今までに無いほど店の雰囲気が悪かった。今度からは恐れずに、店が臭かったら食べるのをやめようと思う。もう雑誌に乗ってるような有名で新しい店にしか行かない。

 

満足できなかった私たちは帰りにサーティワンアイスクリームのポッピングシャワーを食べた。口は満足したけど髪にこびり付いた油の臭いはいつまでたっても消えなかったから、家に帰ってハンドソープで洗った。触るとキシキシとした。油がしっかりと落ちたことを確認して、私はほくそ笑んだ。髪には良くないけど、ハンドソープは世界一いい匂いだった。